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barely

2008年1月5日のブログに barely の意味について書いたところ、10月末にコメントをいただき、あまり考えずに回答しました。
ところが最近、本を読んでいて barely の意味が分からないことがありました。

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戦時中のドイツ。貧しくて腹を空かしている子どもたち。余裕のある家の子どもが毎週金曜日の午後に自転車に乗って司祭に食料を届けていることに気づいて、食料を横取りしようと企てる場面です。原文と翻訳書は次のように書かれています。

The road was icy as it was, but Rudy put on the extra coat, barely able to contain a grin. It ran across his face like a skid.
[翻訳書]
道路はもともと凍っていたが、そこにルディが余分に水をまいたのだ。彼は笑みを抑えきれなかった。どうしても顔がほころんでしまう。
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"barely able to contain a grin" の訳として、「笑みを抑えきれなかった」が正しいのか、「にやっと笑いそうになるのをかろうじてこらえた」なのかが分かりませんでした。skid が分からないので何ともいえませんが、翻訳書が示している意味だとすれば前後関係は合っています。
grinというのは歯を見せて笑うことだそうです。何とかこらえて歯を見せなかったという意味にはならないのでしょうか。skid を横滑りと考えると、「何とかこらえたけれど、笑いが横滑りのように顔をよぎった」と解釈できそうな気もします。

以前に書いた barely の例文に次のものがありました。
- 否定的:I can barely hear you.(ほとんど聞こえません。)

ところで、LDOCE に以下の例文があります。
- His voice was barely audible.
これは肯定的で、かろうじて聞こえるという意味のようです。
"can hear" も "audible" も同じだと思っていましたが、こんなところに違いが出てくるようです。英語は難しい。

結局、barely はよく分からないというのが現時点の感想です。

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記憶違い

Bill Bryson の "A Short History of Nearly Everything" をずいぶん前に買ったまま、いまだに読んでいません。先日、拾い読みをしていたら次の文章がありました。
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FitzRoy, who was very odd, chose Darwin in part because he liked the shape of Darwin's nose. (It betokened depth of character, he believed.)
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この話はどこかで読んだことがあるけれど、内容がまったく逆ではなかったかなと考えて思い出しました。サンフレアの『翻訳勝ち抜き道場』の課題でダーウィンの自伝中の以下の文章を訳したことがあるのです。
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Afterwards, on becoming very intimate with Fitz-Roy, I heard that I had run a very narrow risk of being rejected, on account of the shape of my nose! He was an ardent disciple of Lavater, and was convinced that he could judge of a man's character by the outline of his features; and he doubted whether any one with my nose could possess sufficient energy and determination for the voyage.
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これは完全に Bill Bryson の記憶違い、あるいは彼にこの話をした人の記憶違いがそのまま伝わったものでしょう。
こうしたことは時々あって、英語の参考書にとんでもないことが書いてあるのを見たことがあります。参考書に書いてあるので、それがまた次の世代に伝わっていくのでしょうね。
こういう間違いを見つけると、その本を読み続けていいものか不安になります。本に書かれた一つ一つの事実を確認するわけにはいかないので、疑いを抱きながら読むことになります。でも、最近は記憶力がかなり衰えているので心配する必要はないのかもしれません。

ところで『翻訳勝ち抜き道場』は一年ほど続けてきましたが、十月から有料化されたためやめてしまいました。半年で五千円と安いのですが、五千円払って密度の薄い勉強をするよりは、五万円払っても密度の濃い勉強をしたほうがいいだろうなと考えたからです。

閑話休題。
Bill Bryson の 上記の本に次の文章があり、面白いなと思いました。
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In the late summer or early autunm of 1859, Whitwell Elwin, editor of the respected British journal the Quarterly Review, was sent an advance copy of a new book by the naturalist Charles Darwin.
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was sent ~ by Charles Darwin と受動態で書かれています。ふつうなら received を使うのではと疑問を持ちました。あまり受動態を使うべきではないと読んだことがありますが、プロの文筆家が受動態で書いているということは、それなりの理由があるのでしょうか。考えたけれど、疑問は解決できませんでした。

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